生活保護を受けていても不幸ではない

私は小学2年生の時に、両親が離婚し母、姉、私の3人家族で母子家庭となりました。

そして生活保護を受給することになりました。

 

母は朝から晩まで必死で働き、毎日働きづめで

休みの日はどこにも出かけることができないほど疲れ切っていました。

夏休みや冬休みなどの長期休暇のときもどこかへ旅行など行くことはほどんど出来ませんでした。

 

でも母が私たちの為に頑張っていてくれていることは小さいながらにわかっていたし、

不満は感じていませんでした。

私たちが何か習い事をしたいと言えばダメとは言わず、

長続きするしないは別としてとりあえずやらせてくれました。

部活動も好きなことが出来て、必要な物はしっかりと揃えてくれました。

 

きっと母は生活を切り詰めて、自分の欲しいものも買わずに我慢して

私たちの為にお金を使っていてくれたと思います。

贅沢はできなかったけれど楽しい思い出はたくさんあります。

 

生活保護を受けていて一番嫌だったのは、車など贅沢品は持ってはいけないとされていたことです。

母は仕事で車が必要だったので、車を所持していましたが、

区役所の職員が定期的に訪問して生活状況を見るため、

その際は車を隠さなければいけませんでした。

 

実際車は贅沢品かもしれませんが、無いと不便だし

特別贅沢をしているわけではないのに悪いことをしているような気持でした。

 

他にも、新しくベッドを買ったり何か大きいものを新しく買うと、

区役所の職員の目を気にしなければいけないのが嫌でした。

どうして何も悪いことをしていないのに、こんなに母は頑張ってくれているのに

肩身の狭い思いをしなければならないんだろうと、怒りさえ覚えました。

 

ですが、国からお金をもらって生活している以上、それに逆らうことはできませんでした。

 

生活保護という制度がなければ私たちの家族は生活していくことは難しかったし、

とても必要な制度ですが、不正受給者などが居るせいで

生活保護者への当たりが厳しいと思います。

 

本当に厳しい生活をしている人でも、信じてもらえずに

生活保護を受けることが出来なくて亡くなった事件もあったので、

不正受給者は本当に信じられません。

 

本当に困っているのにそういう人がいるだけで、

生活保護者のイメージを悪くして肩身の狭い思いをしなければいけないとはつらいことだと思います。

 

でも辛いこともあるけど、私の家族は贅沢は出来なかったけれど

何不自由なく楽しく生活を送ることが出来ました。

それも私たちの為に頑張ってくれていた母のおかげです。



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